フォルマ・フォロ セミナー第14回

フォルマ・フォロ セミナー第14回
「当事者として建築へ向き合う」

講師:宮崎 晃吉(建築家/株式会社HAGI STUDIO 代表取締役)
日時:2018年4月21日(土)16時-18時
会場:武蔵野美術大学デザインラウンジ(六本木ミッドタウンタワー5階)
対談 : 小津 誠一(日月会会長、有限会社E.N.N.代表、23期)
司会 : 石井 健(日月会副会長、ブルースタジオ執行役員、26期)

まずはフォルマ・フォロセミナーの企画者である鈴木主任教授の挨拶から。

第14回フォルマ・フォロセミナーでは、昨年のブルースタジオの大島さんに続き、リノベーションという手法で建築の再生やまちづくりに活躍するHAGISOやまちやどhanareなどを自ら経営もされている宮崎さんをお迎えしました。
参加者してくださったのは40名ほど。

宮崎さんと小津会長は、シンポジウムで対談したことからのご縁。そこから交流を深め、リノベーション関係の集まりなどでもご一緒する機会が多く、今回ご登壇いただくことができました。セミナー登壇者に武蔵野美術大学以外をご卒業された方をお迎えするのは初めてなので、宮崎さんはそこをしきりに気にしていらっしゃいました。2008年に東京藝術大学大学院修士課程を修了され、磯崎新アトリエ勤務を経て独立。現在に至るお仕事を始められました。経営されている まちやどhanare(はなれ)は現在発売中の雑誌『Pen』の表紙を飾っています。

セミナー前半では、宮崎さんが谷中の町に深く関わるようになった、きっかけと経緯をお話くださいました。

宮崎さんが学生時代を過ごされた1955年竣工の木造アパート「萩荘」は東日本大震災をきかけに解体することになりました。2012年住人が行った建物の葬式「ハギエンナーレ」に3週間で1500人が来場。その実績をうけて改修を大家さんにご提案したところ、OKをいただき、『最小文化複合施設』HAGISOが誕生。オープンイベントで救急車やパトカーが出動したり、開業当初は客足もなかなか伸びず色々とたいへんだったそうです。
それでも6カ月を過ぎた頃から来場者も順調に増え、メディアで紹介される機会も増えて、HAGISOは地域の核として育っていきました。

2015年にはご自身の海外体験をもとに、宿泊施設hanareを開業。空家として10年放置されていたアパートをリノベーションしてつくったホテルは「まちに泊まろう!」をコンセプトにし、すでに地域に存在しているコンテンツをネットワークさせ、まち全体の新しい価値を創出しています。
宿泊者はまちに飛び出し、まちを体感することで価値を見出します。
すべてがそろっている施設に宿泊する「付加価値」ではなく「負荷価値」を楽しむ。

HAGISO、hanareの実績をうけて町の人から信頼され、仕事の幅やネットワークも着々と広がっているそうです。「まちあかり舎」という活動も立ち上げ、建築の仕事だけではなく、今ではこれらの施設やネットワークの中にいる人々の日常をデザインしているのかもしれない・・・と結んでくださいました。

後半は、宮崎さんと小津会長とのトーク。
小津会長は阪神大震災がきっかけで設計事務所を辞めて、建築をやりながら飲食や不動産業も生業としているということで、東日本大震災をきっかけに磯崎新アトリエを辞めて現在の幅広い仕事へと展開させている宮崎さんにたいへん共感するところがあるのだが、そもそもなぜ美大で建築を学ぼうと思ったのか・・・という話題に。

尊敬する先輩の影響で代ゼミの造形学校に通ううち、そこがあまりにも面白くて美大をめざしたという。在学中に谷中のまちづくりに関わったことがとても印象的で、建築以前のそもそもの前提、仕事をつくるところからデザインするというところに興味をもって今に至っている。モノよりも人のほうがお宝で、それが連鎖していくことを一番大事にしながら進んでいる・・・と。20年近く世代が違いながらも、これからの建築家のあり方、仕事への関わり方などについても語られた対談となりました。

終了後、会場での懇親会。松家さんによる乾杯の後、参加者の皆さんとの交流に盛り上がりました。そして別会場での二次会。夜遅くまで語り合った六本木の夜でした。

今回も大学のカリキュラムスケジュールとの兼ね合いで、現役生が参加しづらかった点が悔やまれます。宮崎さんの活動拠点である谷中に赴いて、活動の一端やまちの動きを感じてもらえればと思います。

ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。
デザインラウンジのスタッフのみなさま、たいへんお世話になりました。

日月会副会長 黒沢 ミユキ(20期)

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羽生睦子さん退職



長年、建築学科研究室の事務(※1)として勤務され、現在、ムサビの総務チームで勤務されている羽生睦子さんが、今年度末(※2)をもって定年退職とのことです。
おそらく、現在40歳代以上の卒業生、そして、特に助手や教務補助の経験がある人にとって、羽生さんには大変お世話になった経験があるかと思います。
この場をお借りして感謝の意を表したく思います。
長い間、お世話になりました。ありがとうございます。

小林敦(18期)


※1 現在、建築学科研究室は、助手3名+教務補助3名で運営されていますが、1980年代末頃までは、助手2名+教務補助2名+事務(羽生さん)という体制で運営していました。
※2 3月17日(土)までの出勤だそうです。

写真:3月15日撮影。左から小倉康正さん(18期)、羽生さん、冨重法生さん(18期)

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第19回 日月会建築賞

7月8日、今年も恒例の日月会建築賞を開催しました。

この階段を何度登ったことかと思いながら会場へ

日月会建築賞は、3年生有志の課題作品を対象に日月会会員(OB)が直接学生と対面し、卒業生としての視点で作品講評を行い、その優秀作品に審査委員会によって賞を授与するというもの。課題の出題者である担当教員とは、違った視点の批評を受けることで、建築の多角的な視点を理解し、翌年には卒業制作に取り組む学生のトレーニングの機会となればと考えて開催しているものです。

今回、対象となった課題は、以下の通り。
・菊池宏・三池大地スタジオ
 第一課題「歴史遺構と現在を繋ぐビジターセンター」
 第二課題「(仮称)花咲山公園と寺坂棚田を繋げる提案」

・源愛日児・笹口数スタジオ
 「建築のタッチ(筆致)」をテーマとした2つの課題「フォリー」・「くにたち美術館」

・小西泰孝・奥野公章スタジオ
 「集積する構造によって大学キャンパスを設計する」

・鈴木明・常山未央スタジオ
 「Kodaira 2062 公共空間と公共施設からかんがえる小平未来のまちとくらし」

今年のエントリー作品数は30作品。
まず、13時〜16時半まで、各自の作品の元で審査員・OBとマンツーマンで対峙します。一人数分という限られた時間で、プレゼンテーションと質疑応答を繰り返していくやりとりは、審査員にとっても相当な集中力が求められる3時間半となります。
学生との対話を経て、審査員は持ち点を振り分けながら投票し、一次審査通過作品約10点が選定されます。

審査員、OBとマンツーマンで対峙する学生達


丁寧かつ的確に学生と対話する審査員


食い入るように模型をのぞき込む審査員


一人数分ながら密度の濃い時間


3時間半の学生との対話を終えて投票を考える審査員

OBは新月賞の投票を熟考する

まだ受賞者の決まっていない賞状

今年の審査員は、以下の5名。(審査委員長は、前年度の長尾賞受賞者が担当)
 審査委員長:中村文美(32期)/もば建築文化研究所副代表、ほか
 審査員:迎川利夫(10期)/相羽建設株式会社 常務取締役
     遠藤治郎(24期)/フェスティバルデザイナー
     小澤祐二(40期)/ピークスタジオ一級建築士事務所 共同代表
     佐藤仁美(46期)/アーティスト

審査委員長:中村さん

審査員:迎川さん

審査員:遠藤さん

審査員:小澤さん

審査員:佐藤さん

会長の挨拶、各審査員の自己紹介を経て、いよいよ公開審査がはじまります。

いよいよ公開審査会、石井副会長による軽快な進行でした

まず、一次審査を通過した11作品が発表されました。投票結果も公開された上で、ここから約1時間半、公開で審査員同士の議論が交わされました。
同じ作品であっても、各審査員の視点や作品の読み取り方で、評価が違うことが学生にも伝わる議論が展開されたかと思います。

まずは一次審査選考結果の発表

得票数と併せて一次審査通過作品発表を見つめる学生達

その後、一旦審査員が集まり、二次投票を行います。
今回は二次投票の際の議論は非公開としましたが、それぞれの審査員が推薦する案を巡ってヒートアップする議論は公開すべきだったかと、やや後悔するほどでした。

二次審査投票直前の議論は熱くなる

外もすっかり暗くなった19時半過ぎ、ようやく二次審査結果が決定。
再び学生達が待ち受ける場で二次審査の結果発表が行われ、表彰式を開催しました。
同時に、大学院生主催で二年生を対象とした金土会賞として、七夕賞の授与も行われました。

二次審査結果の発表

7時間にわたる個別講評と審査の結果、今年の日月会建築賞は以下の通りとなりました。
受賞したみなさん、おめでとうございます。

 太陽賞:松下峰大 「ART SQUARE」
 満月賞:ドロテア・ブランク 「Fragmental nostalgia」
 三日月賞:渡辺大輝 「TUTUTU」
 新月賞:磯野信 「Formed from Form」
  ※新月賞は当日参加のOBの投票によって選ばれます。

太陽賞:松下峰大「ART SQUARE」

満月賞:ドロテア・ブランク「Fragmental nostalgia」

三日月賞:渡辺大輝「TUTUTU」

新月賞:磯野信「Formed from Form」

受賞者と審査員、日月会会長、副会長

指導者としての思いも語られる鈴木先生による閉会の挨拶

そして、、疲れ果てた学生と審査員は、鷹の台駅前の懇親会会場に集まり、さらに作品や建築、将来のことなどについて深夜まで語りあうこととなりました。

2フロア貸し切りの懇親会では、まさに様々な話題が交わされた模様

スタジオごとにテーマや敷地が異なる武蔵美らしい課題に対して、実に様々な解答を考え建築として作品化されていて、審査員やOBにとっても新鮮な体験となったと思います。
また、各審査員やOBと学生が一対一で向き合い短時間のプレゼンを重ねることで、3時間半の間に質疑応答やプレゼンテーションが向上していく学生がいることは、意義のあることだと感じさせてくれました。
最も大切なことは自らの表現を他者へ伝え共感を得る努力をすることだと思います。そういった意味では、受賞順位や一次・二次審査での当落に関わらず、参加いただいた学生諸君には敬意を表したいと思います。参加を断念した学生、審査会に参加した学生には、今後の挑戦に期待したいと思います。

最後になりましたが、審査員を快く引き受けて頂き、学生との懇親会まで参加いただいた5名の審査員の皆様、当日参加いただいたOBの皆様に感謝を申し上げます。
また、日月会建築賞の為に縁の下で支えて頂いた研究室の皆さん、審査員サポートをしていただいた学生諸君にも併せてお礼申し上げます。
そして、教務とは直接関係無いにも関わらずご参加頂いた先生方、普段のご指導があってこその日月会建築賞だと思います。ありがとうございました。

日月会会長 小津誠一(23期)

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2017年度校友会総会行事へ参加

6月24日〜25日に開催された武蔵美交友会の総会行事「msb!サミット」「校友会定時総会」「地域フォーラム『アート&デザイン2017神奈川』」に参加してきたので、今回はその報告を。

初日は、武蔵美鷹の台キャンパスでmsb!サミットと校友会定時総会が開催され、全国各県の校友会支部から参加の代表者に混ざり、日月会を代表して初めての参加でした。各地からの参加者は約60名、役員や事務局も含めると80名を越える大きな集まりです。
冒頭、長澤学長の挨拶にもありましたが、武蔵美校友会は全国最大規模の会員数を誇るとのこと。海支部外を含む全国から集まった多彩な顔ぶれをみていると、本当に武蔵美OBの活動の多様さが感じられるものでした。
まずは、msb!サミット。ここでは近県地域でグループごとに分かれ「わたしたちにできること」というテーマでブレストとワークショップを実施。日月会の僕は、芸空の会、基礎デの会など学科単位のテーブルに加わり、学科単位支部会としてできることについて意見交換を行いました。最後には、各地域テーブルごとに議論の内容を発表して様々な意見を共有しました。活発な議論が交わされ、もっと時間が欲しいと思える充実したサミットでした。

テーマに沿って議論が交わされる各テーブル。
写真:校友会本部より提供


日月会も参加したチームメンバー。
写真:校友会本部より提供


サミット後の集合写真
写真:校友会本部より提供

その後、学内見学の時間があり、僕は美術館で開催中の「芦原義信 建築アーカイブ展」を観覧。芦原先生の東大とバーバードの卒業制作、間もなく解体されてしまう銀座SONYビル、前回の東京オリンピックでは中心的な会場となった駒沢公園体育館・管制塔をはじめ、20万点という膨大なコレクションから選ばれた100点を越える手描き図面や模型を間近に見られるいい機会でした。
近年、敷地が拡張され新校舎も立ち並ぶ鷹の台キャンパスですが、半世紀前に描かれたマスタープランを見ていると、この校舎で学べた幸せを感じる思いでした。
この展覧会は、8/13(日)まで開催されているので、みなさん機会あれば是非!


武蔵野美術大学美術館「芦原義信 建築アーカイブ展」

武蔵美鷹の台キャンパスの巨大模型

その後、校友会定時総会では、昨年度の事業や会計の報告、今年度の事業計画・予算案が承認され定時総会は滞りなく閉会。
続いて、サロン風月にて懇親会が催されましたが、懐かしい先輩や後輩との再会もあったりと楽しい時間を過ごし、鷹の台もすっかり夜に。そこから、大型バスに乗り込み横浜へ移動。ホテルへのチェックインを終えると同時に、ハマの夜に繰り出し、深夜まで語り合う懐かしくも熱い時間となりました。

12号館8F談話室MAUにて、長澤学長の乾杯の発声で始まった懇親会。
写真:校友会本部より提供


12号館8F談話室MAUにて
写真:校友会本部より提供

翌日は、朝からYCCヨコハマ創造都市センターをはじめ市内に点在するギャラリーで、神奈川支部会員の展覧会を巡るギャラリーツアー。午後には、武蔵美・校友会・神奈川支部主催の地域フォーラム「アート&デザイン2017神奈川~港町横浜に吹くアートの風~」が開催されました。この様なまち全体を使ったイベントが開催できるのも全国に支部がある武蔵美ならではことでしょう。

YCCヨコハマ創造都市センター


ちなみに、会場となった横浜市開港記念会館は、1917年に建築後、関東大震災や戦災、米軍接収を経て、1989年に復元され横浜の建築的なランドマークとなっている公会堂です。再開発も進む横浜ですが、横浜らしい近代建築の再生事例も眺めながら、その都市の”らしさ”とは何かを考える時間でもありました。

横浜市開港記念会館の公会堂内部


写真:校友会本部より提供

思えば、これまでさほど積極的に同窓会活動へ参加していなかった自分ですが、各地域でそれぞれの活動は貴重な横の繋がりを与えてくれるものだと、認識を新たにする良い機会となりました。それは日月会においても同じで、地方創生が謳われるいま、建築学科のOBや現役学生が地域や世代を越えて繋がり、各自の仕事や活動に活かされるような日月会へと進化しなければと思う二日間となったのでした。

日月会会長 小津誠一(23期)

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2017年4月22日 フォルマ・フォロセミナー第13回

フォルマ・フォロ セミナー第13回
「まちの使いこなし方をデザインするリノベーションという手法」
講師:大島芳彦(27期、ブルースタジオ専務取締役)
日時:2017年4月22日(土)16時〜18時
会場:武蔵野美術大学デザインラウンジ(六本木ミッドタウンタワー5階)

まずは鈴木主任教授の挨拶から。

第13回となる今年最初のフォルマ・フォロセミナーでは、リノベーションという手法で建築の再生やまちづくりに活躍するブルースタジオの大島芳彦さんに登場頂きました。
定員を超える約60名の参加者は、日月会会員、準会員(武蔵美建築現役学生)以外の参加者も多く、NHKプロフェッショナルでも取り上げられた大島さんの仕事への期待感や注目度合いが反映されたかと思います。

リノベーションをテーマに活躍する大島芳彦さん

大島さんとは、個人的には学生時代から交遊があり、いまでも仕事や各地でのリノベーションに関わる活動を共にする仲間でもありますが、人前で対談というスタイルで話をするのは僕にとっても新鮮な体験でした。

セミナーの前半は、リノベーションによる団地の再生、まちづくりなどを通して大島さんの仕事を豊富な事例やデータと共に語っていただきました。その語りは、優しい言葉づかいでありながらも、熱のこもったプレゼンテーションで、まるで落語家の独演のような大島節に引き込まれてしまうものでした。

なかでも「こと(ソフト)・もの(ハード)・時間(システム)」をデザインし、物語をデザインするという姿勢、不動産や建築を社会的存在として扱うことなど、建築のかたちのデザインを越えた活動とその哲学は、来場いただいたみなさんにとっても刺激になったのではないでしょうか。

データや事例を元に、熱いメッセージを言葉にしていく大島さん。


大島さんの決めゼリフ「あなたでなければ、ここでなければ、いまでなければ」の直後のスライド。(肝心のスライドは撮り逃しました。。)

後半は、ムサ美学生時代の引越や家探しの経歴、留学を経て設計事務所勤務を経て独立後リノベーションという仕事へと突き進んでいく経緯、在学中から変わらぬ建築家としての意志、各地での多彩な活動など、日月会でしか聞けないちょっとディープな内容も披露していただけたかと思います。

後半は、大島さんと対談で学生時代の話も。

会場での懇親会。さらに夜は続くのでした。

今回、カリキュラムスケジュールとの兼ね合いもあり現役生の参加が少なかった点が悔やまれますが、またあらためて現役学生諸君も交えて大島さんと語り合える機会もつくれたらと思います。

日月会会長 小津誠一(23期)

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2017年4月4日 平成29年度入学式

少し時間が経ってしまいましたが、、
この春、武蔵野美術大学建築学科へ入学された新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。

みなさんと同様、この春から日月会の会長に就任しました小津です。
建築学科OB会である日月会では、OBだけでなく現役の皆さんにとっても有意義な活動を行っていきたいと考えていますので、改めて宜しくお願いします。

学科ごとに先生方が並ぶ壇上。

さて、日月会会長として最初の行事として、4月4日(火)に鷹の台キャンパスで行われた入学式に参加してきました。
体育館で開催された入学式では、会場の後方で新入生のご両親方に混ざって学長や理事長の祝辞、武蔵美らしいパフォーマンスなどを拝見しました。
一方、キャンパス内では在校生による各サークルや部活の勧誘活動が盛んに行われていました。新入生のご両親方がコスプレ姿の在校生の姿や趣向を凝らした勧誘活動にやや驚きながらも嬉しそうに眺めていた様子が印象的でした。


例年通り、キャンパスでは在校生による趣向を凝らした勧誘活動が。

その後、8号館の建築学科フロアにて、建築学科の専任教授の祝辞が伝えられ、最後に日月会を代表して祝辞を述べさせて頂きました。

鈴木明主任教授による祝辞


神妙に先生方の祝辞を聞く約80名の新入生とご両親方

当日は、各先生方の祝辞と重なることも多かった為、急遽学生時代の思い出話などをしましたが、この場を借りてあらためて皆さんにお伝えしたかったことを綴りたいと思います。

日月会を代表して祝辞を述べさせて頂いた。

私ごとになりますが、約30年前、私も皆さんの側にいました。あの教室のどこかで皆さんと同じ様に、少し緊張して座っていました。そして、地方から上京してきた自分の能力の可能性や飛躍を信じて、少しばかり晴れやかな気持ちだったことを思い出しました。
在学中は、建築学科だけでなく武蔵美の自由な空気を思う存分に吸いこみながら、友人とかけがえの無い時間を過ごし、部活動やカリキュラム以外の創作活動を存分に楽しんだことは今の自分にとっても貴重な財産となっています。
それでも、いまも建築に携わる自分にとって最も大切な時間は、建築設計課題と格闘した時間だったと思います。決して優秀な学生ではなかったけれども、設計課題こそが自らの使命だと思っていました。
武蔵美の建築学科では、課題においても自由な発想を求められます。課題そのものに対して自ら問題を発見して、解答を導き出すトレーニングです。また、その問題と解答を先生や周りの同級生に認めてもらえるように説得する訓練でもあります。問題の発見、解決のプロセスとコミュニケーションが問われる課題でもあります。
近年、世の中の建築への眼差しも厳しい建築界ですが、未来は開かれていると信じています。しかし、その開かれた世界へと進むには、かたちや空間の美しさ以上に、コミュニケーション能力と問題解決能力が求められます。ここ武蔵美の建築学科では、その力を鍛える場といえます。まさに考える頭と、考える手という二重の武器を身につけることができる空間です。
4年後、それらの武器を身につけた皆さんが、多様な建築の社会へ飛び込んで来られることを期待して待っています。

懇親会の様子。

最後になりますが、、
これからの4年間が、みなさんの自己実現へ向けた第一歩へと繋がることを、心よりお祈りしています。

日月会会長 小津誠一(23期)

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2017_3 平成28年度 卒業式


卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
今日から日月会正会員となり、私たちの仲間いりをしたことをお慶び申し上げます。

本日は会長としての4年任期の最後に、全体の卒業式、建築学科学部の卒業式と建築学科大学院の卒業式及び懇親会に参加しました。

体育館では、各学科の教授陣が壇上にあがり、卒業証書授与式を行いました。
その後、学科の卒業証書授与式に移りました。
研究室毎に代表に卒業証書が授与されました。
学科主任 布施教授より祝辞を、卒業生代表の山田さんが答辞を述べました。


その後、恒例ですが研究室にて修士課程の卒業式が開催されました。

日月会代表として出席していますが、なにか私も皆さんと卒業したような気分になりました。

理事長の祝辞、布施先生の祝辞、皆同じ事を言っています。
社会に負けずに、したたかにムサビを貫いてく下さい。
本当におめでとうございます。

以上 21期・会長 酒向 昇

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2017_1「武蔵野美術大学建築祭2017 長尾賞」受賞式開催報告(日月会共催)


2017年1月19日〜22日までの日程で、武蔵野美術大学 卒業・修了制作展が鷹の台キャンパスにて行なわれました。大学キャンパス全体が華やかさとエネルギーを感じる展示会場となっていました。

2017年1月21日、本年より始まった長尾賞の授与式が行われました。長尾賞の趣意文を転記します。

武蔵野美術大学建築学科および日月会では、これまで実施してきました「武蔵野美術大学 芦原義信賞」(2013年度まで)、「武蔵野美術大学建築学科 竹山実賞」(2015年度まで)に替わり、今年度からは長尾重武先生を審査委員に迎え「武蔵野美術大学建築学科 長尾重武賞」として賞を継続いたします。同賞は、武蔵野美術大学建築学科で長年にわたって教鞭をとられ、その間に武蔵野美術大学学長に就任されるなど、建築学科にとらわれない活動をされてきた長尾重武先生の功績を称え、ご自身の選定により授与される賞です。賞の対象は建築作品にとどまらず、研究、活動も含みます。

「武蔵野美術大学建築学科 長尾重武賞」のお知らせ


アートイベント、本、建築など多様な応募がありましたが、その中で長尾先生が選ばれたのは、
「実測学校」
受賞者:朝比奈ゆり(1985学部卒業)
    小倉康正(1988院卒業)
    田邊寛子(1998学部卒業)
    中村文美(1999学部卒業)
    寺阪桂子(2001学部卒業)
選評:実測という行為は、対象を理解するための最も直接的で、しかも、図面化する活動を通じて、対象を認識し、その結果人々にそれを知らせる行為である。そのことだけでも大きな価値のある行為といえるが、今回の「実測学校」は、さらに、その進め方に広範で豊かな内容を込め、まちを読み、考え、建物を感じ、人と暮らしを考え、まとめ、まちと持ち主に還す、という一連の行為を実施し、さらに広がって回数を重ね、建築学科学生、他大学学生、他学科学生とOB/OGの活動から、建築学科研究室、日月会、校友会を巻き込み、さらには地域住民、まちづくり協議までまきこんでいくという行動計画が優れていると強く感じたので授与したいと考えるに至った。さらに今後の発展を期待したい。(長尾重武 ながお しげたけ)


来年からの応募者は、更に多様な応募作品や活動の中から選定されることになるでしょう。

午後からは第2部として、卒制選抜講評会が盛大に開催されました。
30名の専任・客員・非常勤の先生方による投票による合議(1次審査・1次選抜12名のプレゼン・2次審査)を経て学科賞(金・銀・銅・奨励賞)・学校賞(優秀賞)が決定されました。詳細は、学科HPをご覧下さい。

上位3名の作品をちらっとお見せいたします。

山田陽平:品川駅改造計画ー都市を異化するー


石井夏帆:space7


若杉 勇:DIKE SCAPE


図面・模型・プレゼのレベルの高い12点が2次審査に残り、その中から学科賞(金・銀・銅・奨励賞)が決まりました。皆さんの活躍に期待します。
今年も建築学科最大のイベント建築祭は、静かに終わりました。

以上 21期・会長 酒向 昇

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第22回 プレ・フォロ開催報告

第22回プレ・フォロにおきまして、「ムサビ建築学科の歴史をプレ・フォロメンバーで共有しよう」という趣旨で行っている座談会の5回目を下記日時と場所で行いましたので報告いたします。
今回は、学生時代がバブル期だった21〜25期(1988-93年卒)のゲストスピーカーをお呼びして、ムサビの建築学科でどのような学生時代を過ごしたのか、また、その後どのような進路を進まれたかなどのお話をうかがいました。

日時:平成27年9月19日(土) 16:00~20:00
場所:酒向邸(練馬区立野町)

ゲストスピーカー(敬称略)
21期:酒向昇 竹中工務店設計部設計第8部門グループリーダー
22期:石田摩美子 石田設計室主宰
23期:佐藤恒一 サンケイビル勤務
24期:田中行 建築+デザイン事務所イッスン主宰
25期:黒田潤三 黒田潤三アトリエ主宰

企画担当:更田邦彦 16期(プレ・フォロ幹事)
進行役:同上
準備他:寺阪桂子 34期、棚橋玄 41期、鈴木竜太 36期 (プレ・フォロ幹事)

出席者(敬称略-期代)池野-2、松家-5、寺澤-16、寺田-16、黒沢-20、石川-26
陪席者(敬称略-期代)田宮-24、菊池-34

全体2

進行役:ムサビ建築学科の歴史を少なくともプレ・フォロ内で共有しようという趣旨で、過去4回にわたりプレ・フォロの座談会を行ってきました。1回目は、2期の方々から建築学科草創期のお話を、2回目は、2期から7期の方々から学園紛争期の混乱状態のお話を、3回目は、9期から14期の方々から、学生も先生方も元気いっぱいだった頃のお話を、そして4回目は、15期から20期の方々から、ややシラケ気味で達観していた頃のお話をお聞かせいただきました。そして今回は、時代背景がバブルだったころの21期から25期までのゲストの方にお越しいただき、どのような学生時代を過ごされその後ムサビからどのような影響を受けて社会に出ていったのか、といったお話をお聞かせいただければと思います。では、21期の酒向さんからお願いします。

酒向(21期):今日は主に課外活動編についてお話ししたいと思います。(モニターに映像を映しながら説明)芸祭では、建築学科の1年生が「おかめ」という焼き鳥屋を作って商売することになっていたので、自分たちで模擬店を作ったことが、少し大きなものを作る始めての機会になりました。それから「建築研究会」が、東大の呼びかけで五月祭に参加することになり、東大校舎の1ブースを借りてインスタレーションを作ることにもなりました。その際、東工大の学生(塚本、山田、西沢)や東大など他大学の学生たちとの交流が生まれたことが良かったけれど、そこで勝負する相手は<外>だと思うようになりました。翌年は、ひたすらブースの中で花見をするということを試みました。この五月祭に参加することはいい活動だと思っていました。その他にも芸祭時に共通絵画の教室である「シベリア」を借りて、油絵科の人達とインスタレーションを作ったりもしていました。
また、勝負は<外>だと思っていたので、ムサビ以外にも芸大などの卒業制作や終了制作を見に行ったりもしていました。大学院時代ではビジュアルコミュニケーションの祖であるアイヒャー先生が募られたワークショップが印象に残っています。
その他、大学院時代に小倉さん(18期)含め皆で軍艦島に探検に行って、そこでバーベキューをしたのも楽しい思い出です。

酒向さん

進行役:「建築研究会」はどのくらいの期間活動していたのでしょう?

酒向:17期の布施さんが立上げて、23期の峰さんまでの6年間くらい活動していたのですが、小倉さん(18期)や小林さん(17期)がいたので、建築をたくさん見に行きましたし、それらの難解な解説を聞かせていただきました。
また、学生時代はバブルだったので、全般的に楽しい学生生活をおくれたと思っています。竹山先生はあまり学校にはいらっしゃらなかったけれど、先生の事務所にアルバイトには行ってましたし、いろいろな設計事務所のアルバイトを選んでやることもできました。

進行役:酒向さんからは、学校での課題以外に関わるいろいろな活動についてお話しいただきました。続きまして、22期の石田さん宜しくお願いします。

石田(22期):まず学生時代の頃のお話をしますと、私は現役で入ったのですが、時代もバブルで周りの学生や環境が派手だったこともあり、学校を怖く感じていました。それにもともと理系の大学に行こうと思っていたので、美大というものを作るエネルギーに圧倒され、日々苦しい思いで過ごしていました。そこで、いろいろな設計事務所にアルバイトに行って、模型作りなどをしていましたが、それは「作る」ということではなく、技術を習得して日々ステップアップするということだったので楽しんでやることができました。そんなとき、源先生のお話が面白く感じて、先生の構法の授業を通して建築の言語にも興味を持つようになり、当時の「バナキュラーゼミ」にも参加して、夜の工場や廃墟などを見に行ったりしていました。また、芦原先生の退官時でもあり、記念写真を撮ったのを覚えていますし、それにエイズが流行ったのもその時期でした。

黒沢(参加者20期):ムサビには予備校の派閥があって、現役生にはそれが障害に感じる部分があったのだと思う。

進行役:石田さんは竹山ゼミ出身ですが、竹山先生の影響は受けなかったのでしょうか?

石田(22期):竹山ゼミにいながら源ゼミに通っていました。竹山先生には、なぜメタボリズムが衰退したのかといったことなど、要所要所を教えていただいたと記憶しています。

進行役:卒業後どうされたのか、お話があればお聞かせください。

石田(22期):アトリエ事務所にはまだ多少の抵抗感がありましたが、修行するつもりで、まだ古い空気感が漂っていたレーモンド事務所に行くことにしました。そして、手描きの図面をバンバン描いて7,8年が過ぎていきました。その後、坂茂事務所に自分のアトリエをやりながら15年ほど勤めましたが、それ以降、独立してからものを作ることが楽になり、今では設計の仕事を大変楽しく感じています。

石田さん

(作品のプリントを示しながら説明)一つ目は、独立して初めての仕事で、羽根木神社の社務所と賃貸オフィスが入る建物です。どうやって使われるかを1年間通して、神社の行事に参加しながらスタディした建物で、10年経った今でも計画通りに使われているのを見てうれしく思っています。次の東京国立博物館本館のミュージアムショップは、大きな空間を博物館の最後の展示室というコンセプトで計画したものです。そして今は、福島県の築90年の教会の再建計画を1年以上掛けてやっていまして、信者であるお年寄りを中心に、周りの人をいかに取り込むかというワークショップを開きながら設計に取り組んでいます。

進行役:石田さん、ありがとうございました。続きまして23期の佐藤さん、お願いします。

佐藤(23期):(モニターに映像を映しながら説明)私は、子供の頃からテニスをやっておりまして、大学に入ってもテニス部に入るつもりでいました。今日は、そのテニス部時代のことを中心にお話ししたいと思います。
テニス部も建築学科と同じく去年創部50周年を迎え記念パーティーを行いました。90名ほど出席しておりましたが、建築学科出身の部員が多く写真の中に知っている方がおられるのではないかと思います。
ムサビも一応体育会系のクラブでしたから、早稲田や明治とも試合をするのですが、私が学生だったころは、今のオムニコート(砂入人工芝)とは違って、土のクレーコートでしたので、コート整備が大変だったことを良く覚えています。
それから、夏合宿の最終日は、毎年仮装をしてテニスをすることが伝統になっていて、それは13期から26期ぐらいまで続いたようですが、布屋さんから布を買い込みポータブルミシンを合宿所に持ち込んだりまでして、かなり凝ったものを作るようになりました。テニスはテニスでちゃんとやっていましたが・・(仮装した部員の写真を多数見せていただく)

佐藤さん

建築学科では、当時竹山ゼミが1番人気で、保坂ゼミが2番人気でしたが、保坂先生がご自分の仕事を持ち込んできたためにみんな敬遠してしまって、私は長尾ゼミに行くことにしました。建築研究会などの活動は知っていましたが、自分は特に関心が持てず長尾ゼミから卒業しました。

進行役:特に学生時代の楽しかったお話をお聞かせいただきましたが、時代背景がバブルだったということはかなり意識されていたのでしょうか?

佐藤:私に関しては学生の頃にバブルだったことを意識したことはなかったです。
しかし、卒業後は2回転職をしておりまして、20代は飛島建設で主に土木プロジェクトに関わり、30代では京急建設で鉄道と開発関係の仕事を経て、40代で現在のサンケイビルに入社し、現在はデベロッパーの仕事に携わる中、新築物件の工程・コスト・品質管理の仕事をしております。

進行役:ありがとうございました。次に24期の田中さん、お願いします。

田中(24期):私は神戸出身でしたので、高校時代安藤さんの初期の建築をすでに見ていまして、その影響もあって建築、しかも美大系の建築を目指すことにしました。バブルが背景にあって、しかも保守的な神戸から抜け出したかったこともあり、ムサビに来て周りが畑だらけの場所だったことは心地良かったのですが、学校では予備校グループの人達のパワーに圧倒されていました。当時はポストモダンが流行っていましたが、私には肌が合わずアイレベルで小さなスケールのものを作っていきたいと思っていました。そんなとき立花先生から好きな建築のトレースを勧められ、バルセロナパビリオンなど自分の直感でいいと思うものをトレースしているうちに、設計がどんなものか分かるようになっていきました。もうひとつは、岩淵先生にある課題で「いろいろなバランスの取り方がいいね」と言われたことで、自分のやっていることに納得ができるようになり、そんなことがきっかけで、デザインというものを消化できるようになり、卒業してからはインテリアの道に進むことになりました。

田中さん

当時はバブルだったので、就職先もゼネコンや大手設計事務所など多々ありましたが、私は4年の後半から「スタジオ80」にアルバイトに行っていてそのまま就職しました。しかし、商業建築の場はとにかく厳しく、キツイ仕事が強いられる業界であることに入所してから後悔しましたが、好きな仕事だったので何とか5年間勤めることができましたし、独立して今日あるのもあの5年間のお陰だと思っています。

田宮(参加者24期):当時の課題講評会のビデオを持ってきているのでお見せします。(竹山先生も映っている講評会の様子を録画した映像をしばらく見る。そしてまた田中さんの話に戻る)

田中(24期):(モニターに映像を映しながら説明)現在は、デベロッパーさんの商品開発とインテリアでは店舗を行っていますが、それとは別に縁があって伝統工芸のプロダクトの仕事もしています。ひとつは四国の水引で作ったボトルケースで、もうひとつは秋田大館の曲げ輪っぱのお弁当箱とコップです。これはグッドデザイン賞もいただき、5年経ってようやく去年からカタログのトータルデザインまでやらせてもらうことになりました¥。それから、このガラスの調味料入れは、富山デザインコンペティションでのワークショプがきっかけで出来上がったものです。

田中さんガラス

現在の仕事はインテリアよりもプロダクトの割合が多いのですが、インテリアでは、梅田の百貨店内のネイルサロンやシャープのジャカルタショールームなどを手がけております。

松家(参加者5期):他の学校の建築学科を出た人では、これほど幅広い分野で活躍する人はいないでしょうね。

進行役:田中さんありがとうございました。ここで休憩をとり、その後25期の黒田さんからお話いただくことにします。

黒田(25期):私が1年生のときに年号が昭和から平成に変り、バブルまっただ中で多くの学生がサブカルチャーに長けていました。2年生の時に芸祭が大規模イベント化して、多くの先輩の活躍に刺激を受けていました。そして就職先を考えるころには、ゼネコンに美大枠といったものがあり、希望すればゼネコンのインテリアやランドスケープといった部署に行けるような時代でもありました。
デザインの潮流は「ポストモダン」で、3年生のときには竹山先生に晴海フェリーターミナルの現場に連れていってもらいましたが、その後「デコン」も含め、都市の表層的なことを論じることよりも、東工大系の建築の実体を論じているところに興味を持ちはじめたこともあり、「篠原スクール」の武田光史さんの事務所のアルバイトを経て、当時「幕張の集合住宅」の設計をしていた東工大の坂本研究室に行くことにしました。研究室では、夜11時ごろまでは、幕張の実施設計をしているのですが、それ以降はそれぞれコンペや雑誌などの作業をしていたので、大いに刺激を受けながら自分も月の半分は家に帰らない日々をおくっていました。

(モニターに映像を映しながら説明)そして3年後くらいからアートをやり出しましたが、その一つは、「微分」という形態操作で作ったスポンジアートで、当時パルコが主催していた「アーバンアート」に入選し、次に「積分」をキーワードにスポンジを積上げていく操作により家になったり家具になったりする「ウォッシュマン」という作品を作り、どちらも現代アートの分野で取上げてもらいました。

黒田さん

時代背景としては、バブルがはじけて携帯電話が出て来たころであり、建築を発信する場合、個人からユニットに変ってきたころだったと思います。そんな中、貝島桃代さんの「メードイントーキョー」の展示を手伝うことになったのですが、社会から生まれる建築のダイナミズムをサーベイすることにより、建築をその単体ではなく、風景の中でそれがどう見えるかということを言語や論理を使って客観的に捉えようとしていました。

最近では、産婦人科クリニックの設計とそのブランディングを含めて、建築を通したコミュニティデザインを考えており、松山の産婦人科クリニックでは、建物だけではなく、ロゴマークや診察券・アンケート・母子手帳までデザインして、さらにクリニックの運営に至るまで提案することができました。今後は、産後のコミュニティづくりなどを地域との共同性により、デザイン化していきたいと考えています。
というように、産婦人科クリニックでは、建築・ランドスケープからサインやアメニティに至るまで、デザインしようと思えばいくらでもあるわけで、それらを総合的に考えていく手法がムサビ的なのではないかと思っています。

進行役:黒田さん、ありがとうございました。黒田さんの場合、歩まれた進路もそうですがデザインするものの境目といったことがあまり感じられません。私たち(16期)の頃に比べると黒田さんや田中さんの時代(24,25期)では、その辺の捉え方が大きく変ったように思われます。

黒田(25期):私の場合、ムサビにいる時はムサビっぽくないこと(論理邸的な展開)を目指していて、東工大にいる時は東工大っぽくないこと(現代アート)を目指していたように思いますが、我々の世代も含めそれ以降は、建築に固定されずに多様な方向に進んでいけたように思います。「日月進歩」(日月会主催のシンポジウム)でもそんな多様な方向に進んでいる人達の声を多く聞きました。

松家(参加者5期):それから、その世代の人達は、いろいろな分野の人達が集まってユニットを組むということも進んでいったようで、そういったユニットやアトリエが今活躍している。

黒田(25期):学生のときは、バブルもあってアルバイトの仕事がたくさんあったのですが、卒業してみると仕事がなく、ユニットを組んで意見交換しながら仕事を探していくというやり方になっていったのだと思います。

田中(24期):何かを仕掛けないと仕事が生まれないジェネレーションのように思います。なので、不動産業界にも入り込んでいくといったことが必要になってきた・・

池野(参加者2期):それにしても、バブル期にムサビで自由に学べたことは良かったと思う。社会に出た時はバブルがはじけて愕然としたかもしれないが、その時に自由な発想でいろんな方向に進んでいけたことで、皆さんこのように活躍していくことになったのだと思う。

黒田(25期):我々の時は、今のようにネットから情報を得るようなこともなく、根拠のない自信をもとに漠然としながら進んでいけたことも良かったのだと思います。

田宮(参加者24期):次回はポストバブルの話が聞けることになりますね。

進行役:そういうことになります。今日は長時間にわたり貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。

以上

上記内容は、更田(16期)が当日のメモと音声データをもとに記述したものです。

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2016_7  第18回日月会賞報告

神田
第18回日月会賞開催

7月11日土曜日、13:00より20:00まで、第18回日月会賞審査会が開催されました。

エントリー作品数は40作品、昨年の38作を上回り、年々増加しています。参加して下さった3年生の皆さん、長時間にわたり真剣に審査くださった審査委員の皆様、本当にありがとうございました。

3年生前期の課題は、源/笹口先生・河野/原田先生・高橋/川口先生・鈴木/常山先生の4スタジオです。
高橋スタジオは、連続課題「都市の環境単位 ー 繋がる建築」
河野スタジオは、昨年に引き続き「鎌倉コンプレックス」
源スタジオは、「建築のタッチ ー くにたち美術館」
鈴木スタジオは、1分の1断面を提出物とした「身の丈の家」
と、様々な課題が揃いました。

本年の審査員は、昨年の竹山賞受賞者 七田さんと、様々な世代の建築家の卒業生に集まって頂けました。
審査委員:七田紹匡(21期) 12回竹山賞受賞 自然農法を柱に持続可能な生活のための建築セルフビルド
審査員 :黒田和司(7期)  NEU総合計画事務所主催 JIA神奈川副代表
     浅利幸男(27期) ラブアーキテクチャー一級建築士事務所主宰
     佐々木将(29期) 槇総合計画事務所所属
     伊藤友紀(40期) 伊藤友紀建築研究所主宰

今年は、審査員の方は13時より審査開始しましたが、授業の関係でほとんどの学生が14:30からのプレゼとなりました。
今年の審査員の方たちは、事前によく課題の読み込みをして頂いており、学生が課題にどのように応えていったのかを先生のように丁寧に聞いて下さいました。思考過程の明瞭さ、自分のしたい事が如何に表現されてか、足りないところは何か・・・。学生全員のプレゼを聞きたいが、時間が足りない!!、審査員の皆さんもへとへとです。
15時を超える頃には、審査員以外の多くの先輩達もぞくぞくと参集、プレゼをする学生とそれに対し意見を戦わせる審査員の熱気で、ギャラリーは息苦しい状況に・・・。

熱気溢れる会場、1次審査風景

熱気溢れる会場、1次審査風景


1次審査は、純粋に投票の得票数で、上位12作品が選ばれました。
最初に、約2分各審査員の意気込みが示され、2次審査スタートです。
自らが推薦する作品の良い点を解説、選ばなかった作品の弱いところは何か、議論は白熱します。
2次審査風景

2次審査風景


今年は、スタジオ毎の課題自体の難易度の違いや、課題そのものの解釈の多様性にまで言及、出題教授に出題の意図を聞く場面もありました。
審査員に源先生回答する

審査員に源先生回答する


審査会場学生

審査会場学生

受賞者と受賞作品を発表します。

太陽賞:渡邊和 RHYTHM

渡邊和 RHYTHM

渡邊和 RHYTHM


フォリーによる空間スタディーを、美術館の空間化につなげる明快さと作品のクオリティーから太陽賞に輝きました。

満月賞:伊藤愛希 岡の下の美術館

伊藤愛希 岡の下の美術館

伊藤愛希 岡の下の美術館


岡の下という単純なアイデアの中に、住宅レベルのスケール感を持った空間を展開する展示スペースのあり方に、満月賞。

三日月賞:重名秀則 記憶の重層

重名秀則 記憶の重層

重名秀則 記憶の重層


国立の調査から始まるレンガを通した物語に、構造や美術館空間の多様性まで建築化した力量に三日月賞。

審査員以外の当日参加の全卒業生の投票で決まる新月賞:井手彩乃 距離感の積層

井手彩乃 距離感の積層

井手彩乃 距離感の積層


集合住宅の明快な分析から空間構成、正当的設計手法とそれを着実に建築化した作品は、多くの表を集めた。

七夕賞:松田聖人 青空の家

松田聖人 青空の家

松田聖人 青空の家


学生が学生にエールを送る、昨年の日月会賞受賞者による賞です。

七夕賞授賞式

七夕賞授賞式


表彰式では、もう一つの日月会賞として、2年生対象の明会賞の受賞式も行われました。

受賞されたみなさん、おめでとうございます。

七田審査員長、総評

七田審査員長、総評

執行部と研究室の日月会賞スタッフの皆さんお疲れさまでした。雨の中かけつけてくださったOBの皆様、多くの皆様のお力で今年も無事に開催できましたことを心から感謝いたします。
合体多くの力作が片付けられ、
2次会も65名定員のお店を貸切、1年生も交えて反省会。
お疲れさまでした。

日月会会長 さこうのぼる(21期)

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